. . 聖書・「神のみことば」は、真理の尽きない泉です。深く掘れば掘るほど、豊かな甘い水を湧き出します。
このページは、フィリップの「井戸掘り日記」」と名付けました。
「アブラハムの生涯」 からの礼拝説教 : 第3講
■ 今日の「井戸掘り」

 . . 「アブラムは、召集して、追跡した。」           創世記14:11〜24 

  ■ 井戸を掘りましょう:

.   初めにヨシュア記24:14、15をお開きしましょう。神により派遣 され、イスラエルの民をエジプトの奴隷の地から救出した偉大な指導者モ− セの後継者となったヨシュアの晩年のことが書かれています。ヨシュアはモ −セ亡き後、モ−セの働きを引き継ぎ、イスラエルの民をカナンの地に定着 させました。ヨルダン河を渡ってカナンに入り、幾度となく土着の原住民と 戦い、カナンを占有してゆきました。そして、イスラエルの12の部族にそ れぞれの土地の分配を完了しました。彼は自分の晩年の近い事を知って、別 れのメッセ−ジを語りましたが、その締め括りが、あの有名な「私と私の家 とは、主に仕える」ということばだったのです。

.   私たちは青年時代に人生に対していろいろ夢を描きます。アレをしたい。 コレをしたい、、、と、自分の時間が幾らでもあるかのように思って、やり たい事をいろいろ心に描きます。しかし、少々年を取ってくると、与えられ た一生に達成できることはあまり多くない事に気づきます。若いうちには、 「アレも、コレも」と考えますが、人生は思ったより短いのです。

.   ヨシュアは瞬く間にといっていいほど、速やかに晩年を迎えました。そし て自分の決意を語ったのが、「私と私の家とは、主に仕える」ということだ ったのです。彼はこのことを何にもまして為すべき事と自覚していました。

.   ヨシュアについては、この位にしておいて、今朝はアブラハムを関連して 14、15節に2回繰り返されている事実、即ち、アブラハムの先祖たちが 川向うで神々に仕えていたという事実、アブラハムの先祖は偶像教徒だった ということを心に留めましょう。しかし、アブラハムは断固として、この先 祖伝来の偶像教と手をきる事を決意したのです。アブラハムの決意なくして は、ヨシュアのあの有名な告白もなかった事でしょう。アブラハムの決断の 故に、ヨシュアはこれだけは何にも勝って、、、というものを持つことがで きたのです。

.   私たちのある者は、親がアブラハムのように断固とした決断をもって偶像 と手を切ったので、ヨシュアのように主に仕えている者がいます。ある者は これからの子孫のために、自分がアバラハム的な存在である場合があること でしょう。私たちの決断は私たちだけのものではないのです。

.   さて、アブラハムはカルデヤのウル、月の神を信仰する宗教の中心地を後 にして、ハランを経て、カナンに移住しました。私たちは第一回目、アブラ ハムの素晴らしい決断、信仰に目を留めました。先回、第二回目は、この、 後に「信仰の父」と尊敬されているアブラハムが、決して初めからそのよう な偉大な人物だったのではなく、私たち同様の欠点、誤ち、罪を持った人間 である事を学びました。12章の後半です。しかし、神はこの平凡ともいえ る人物を取り上げて、様々な危機を通して、また、成長の課程を通して、聖 徒に作りなしていったのを見ます。

.   今朝は、14章に進みましょう。

T 甥のロト、救出の時代的背景

.   14章1〜9節を見ますと、カタカナが随分あります。様々な地名、そ こを支配した王たちの名前です。これらについて全部学ぶわけにはゆきませ んが、せめてその一人を取り上げて、アブラハムの生きていた時代環境を少 々学んでみましょう。

.   アブラハムの時代は群雄割拠の時代でした。NHKのいわゆる「大河ドラ マ」では戦国時代の様々な人物、武田信玄、伊達正宗など、が主人公になっ ていますが、その時代は群雄割拠の時代でした。アブラハムがカナンに定着 した時、北の四人の王、南の五人の王がそれぞれ連合して、勢力を競い合っ ている時代だったのです。その内のひとりですが、興味深い人物がいます。 シヌアルの王アムラフェルです。

.   最近考古学の進歩は目覚ましいものがあって、少し前、藤の木古墳の石棺 が開かずに、ファイバ−・スコ−プを用いて調査されました。今度は昨日、 佐賀県の神崎・三田川地域に大規模な集落跡が見つかった、というニュ−ス です。卑弥子の耶馬台國かもしれない、とさえ言われています。随分前にな りますが、メソポタミア地方ではハムラビ法典というものが出土しました。 モ−セの十戒にも匹敵する法律文書です。これを制定したハムラビ王が、実 は創世記の14章に出てくるアムラフェル王と同一人物ではないかと言われ ています。ル−ブル美術館で20X30くらいの石の板を見ましたが、くさ び型文字で、その法律文書が書かれていました。専門家でなければ、勿論読 めません。

.   さて、14章に戻って、北の連合軍、南の連合軍が激突し、その戦いにア ブラハムの甥、ロトが巻き込まれてしまったのです。

U 甥ロトの救出

.   14:11,12を見ますと、南の連合軍は手痛い敗北を喫し、北の連 合軍の勝利に終わりました。南軍には、ソドムとゴモラの王が加わっていた のです。ロトアブラハムと別れた後、このソドム、ゴモラ地方に住みついて いました。それで、この戦いで、北軍の捕虜となって、財産を奪われ、連れ 去られようとしていたのです。

.   神に従う事を止め、祈ることを止め、人間的な判断にのみ依存してことを 行い始めますと、しばしばロト同様の失敗をします。ソドム、ゴモラは繁栄 した町でした。ロトがソドムの近隣に居を構えようとした時、よもやロトは こんな問題に巻き込まれようとは夢にも思いませんでした。人間的な判断、 展望だけに依り頼んで行動しますと、この「よもや!」に、「まさか!」に 直面するのです。

.   しかし、今朝の私たちの学びの焦点は、ロトにではなくアブラハムの方に むけましょう。13節、ひとり逃れたロトの家の者が、ロトに臨んだこの苦 難のニュ−スをアブラハム一家に告げ知らせました。14節、アブラハムは 手勢を率いて、この捕虜になったロト救出に向ったのです。

.   教会はアブラハムとその手の者に似ています。アブラハム一行は敵対する 北の王の連合軍と比べたら、微弱であり、少数です。教会もこの世の勢力と 比べたら、微弱であり、少数派です。日本のクリスチャン人口は一パ−セン ト強いしかすぎません。学校に行って、クリスチャンの友達に遇うことがあ りますか。会社で同僚や、上役の中に教会に行っておられる方を見出せます か。なかなかそのような機会は無いのです。とにかく、クリスチャンは百人 に一人の割合なのですから。世界中、何処にいっても真の意味でのキリスト 教国はありません。アメリカのような国でさえ、教会に行く人は多くても、 また、洗礼を受けている人は多くても、更に、いくらかのキリスト教文化が あっても、真のクリスチャンは依然として少数派です。

.   アブラハムはロトとその家族を救い出すべき使命を自覚していたのです。 ロトは捕らえ連れて行かれていました。私たちの周囲の人々も、多くが囚人 です。ある人々は、世俗主義、物質主義の囚人になっています。彼らの考え ることは「物、物、物」なのです。食べること、着ること、肉欲的なこと、 、、、のみです。

.   戦前のホ−リネス教会の監督、中田重治師は伝道に熱心な方でした。65 年も前にブラジルに物部師を福音師として派遣しています。この中田師があ る地方教会に講師として招かれた時の事でした。"有名な中田先生が来られ る"というので、あるその地方の名士が先生を接待しました。大変なご馳走 をして、そのテ−ブルでの会話はグルメ、グルメ、食物の事ばかり。さて、 食事が終わって、別れる時、中田師はその地方名士に"あなたは豚だね"と 挨拶したというのです。くだんの紳士は"失礼な!"と心の中で憤りを感じ ました。しかし、"豚だね"といわれたことばが耳に響いて一晩中眠れませ んでした。この人は翌朝、中田師のところにきて、"おしゃる通りでした" とお詫びして信仰を求めたという事です。この世の事にのみ没頭して、霊の こと、永遠の事に無関心だったことを示されたのです。

.   ある人々は、異端に囚われています。ものみの塔、モルモン教、統一原理 協会などなど、、、。目隠しして、引き立てられて行く捕虜のように、彼ら には何も見えません。偽りを真理と信じ込んで、伝道にきわめて熱心です。  ある人々は、人生の不安、恐れに囚われています。ちょとしたからだの不 調に見舞われると"癌ではないか"と不安でたまりません。こうした不安が 異端のつけいるところなのです。一つの病院に行き、"何でもありません" と言われても尚不安で、次から次へと病院廻りをしている人々がいます。そ れでいて"病気ですよ"と言われれば安心できるかと言うと、そうではなく て益々悩んだり、苦しんだりします。

.   憎しみや嫉みの囚人になっている人々もいます。自分のご主人を憎み続け、 "こんな結婚をして損した。学校友達は社長夫人、部長夫人になっているの に、自分の主人は甲斐性がない。自分の人生は主人によって台無しにされた" といって、ご主人に恨み言をぶつけるのです。逆に、妻に対して同様の気持 ちを抱いている男性もいます。親を憎んでいる子ども、"なんで俺なんか生 んでくれたんだよ"と言います。

.   その他、人は多くの事どもによってとりこになっています。アブラハム とらわれたロトの救出のために、三一八人を召集したとあります。私たちは 小人数ですが、召し出されたものなのです。救い出す使命を与えられた者た ちです。教会は伝道において消極的になってはなりません。救霊に戦いは不 可避です。一四節をみますと、アブラハムたちは待っていたのではなく、追 跡したのです。囚われた人々はどんどん遠くに連れ去られようとしていまし た。アブラハム一行は、この人々の回復のために、彼らを取り戻すために、 出ていったのです。追っていったのです。"あの人は関心がないから、この 人は興味を示さないから、、、"そんなことばかり言っていては、いつまで たっても誰ひとり救出されません。こちらから追って行くことが必要です。 働き掛けることが必要なのです。但し、知恵を用いなければなりません。ア ブラハムは小人数で、北の大軍に正面きっての戦いを挑んだのではなく、奇 襲戦法を取りました。

V 今朝の〆括りの要点として、ロトの再度の救出に目を留めましょう。

.   14章17〜24節の、アブアハムとメルキゼデクという興味深い人物との 出会い、アブラハムが十分の一を捧げたことは、今朝は傍においておいて、 18章の20、21節に心を向けてみましょう。

.   ロトとその家族がケダラオメルの軍勢から救出されてから、しばらくして からのことでした。ソドム、ゴモラの悪が頂点に達したのです。いよいよ神 の審判、裁きの時がやってきました。神はこの邪悪な都市を滅ぼすために最 終的な決断を下ろされました。一八の二一に擬人法がもちいられています。 神は凡てをご存じです。これは神の慎重な態度、公平さを象徴しています。

.   神のソドム、ゴモラに対する宣告を耳にして、アブラハムは祈り始めたの です。ソドム、ゴモラは町全体としては、まさしく神の裁きに値する。アブ ラハムはそのことを重々承知していました。しかし、"あそこにも、きっと 正しい者たちがいるに相違ない"、アブラハムは考えました。"神はこれら の人々も一緒くたに滅ぼしてしまわれるのだろうか。それは神の正義に反す るではないか。"

.   アブラハムはそこで祈り始めたのです。「その中にいる50人の正しい者 のために、その町をお赦しにならないのですか。」23節以下の、この章の 内容を読み進んでゆきますと、アブラハムは50人から、45人、45人か ら40人、そして、最後には10人へと人数を減らしていっています。

.   いずれにしても、ロトがケダラオメルの捕虜となって連れて行かれた時、 アブラハムは自分の家の者を引き連れて、ロト救出のためにロトの許に駆け つけました。彼は行動を起こしたのです。しかし、今回はアブラハムはロト をソドム、ゴモラの滅びから救い出すために、主の前に祈ったのです。主と 論じたのです。私たちは時にロトをケダラオメルの手から救い出すために、 敵を追って行きます。出掛けていって連れ戻します。

.   国広清子先生のおとうさんの秀雄先生はテキサス生まれの日系二世です。 ブラジルの日系人のために重荷を抱いて、ブラジルに渡航されました。そし て、ホサナ伝道団をつくって、ブラジル全土の日系人訪問を始めなさいまし た。サンパウロ州だけでも日本と同じ広さがあります。ブラジル全土では、 日本の23倍の広さです。しかし、そのブラジル全体どころか、南米に伝道 の働きを展開しておられるのです。

.   私たちはこの地域社会の戸別訪問を月一回していますが、まだまだ足りま せん。なんとかもっと積極的にたましいを追い求めて出て行かなければなり ません。この面でも、この年「今一歩の前進」を見たいものです。NTTの 電話帳をご覧になりましたか。教会案内が出ています。行政図書の市街地図 をご覧になりましたか。南町と中央をカヴァ−する地域の地図には教会の案 内が出されています。しかし、そんなことで満足しておられません。私たち 自身が出て行かなければ、十分ではないのです。

.   また、出て行くと同時に、私たちは祈りの力を学びたいものです。22節 にアブラハムについて、「主の前に立っていた」と記されていますが、私た ちも主の前にあって祈る事を、執り成す事を学ばなければなりません。主と 論じて、私たちのロトを救出する術を学ばなければなりません。(1989/2/26、礼拝)

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