. . 聖書・「神のみことば」は、真理の尽きない泉です。深く掘れば掘るほど、豊かな甘い水を湧き出します。
このページは、フィリップの「井戸掘り日記」」と名付けました。
このページは、フィリップの「井戸掘り日記」」と名付けました。
「ダビデ以外による詩篇」 に学ぶ : 第12講
■ 今日の「井戸掘り」
「恐れつつ主に仕えよ。おののきつつ喜べ。御子に口づけせよ。」 詩篇2:1〜12F
■ 井戸を掘りましょう:
新改訳では、漢字制限上、やむを得ず「恐れつつ」という語を使用していますが、本来は「畏れつつ」でしょう。主である神への恐怖心ではなく、畏敬の念です。それゆえ、おののきを覚えつつも、仕えることに「喜び」があるのです。かしこみ敬いつつ「主に仕えよ」と命じられているのです。
尊崇の思いは、「口づけする」と言う行為に表されます。恋人同士の口づけのようではなく、一歩下がって、その手に口づけするという臣下が王に対して示す姿勢です。
それにしても「仕える」ことは、喜びをもってされなければ意味がありません。嫌々ながらの奉仕は、奴隷の姿勢で、強制されて不本意ながら「仕える」時の姿勢です。しかし、主である神への奉仕は、お仕えする方の偉大さのゆえに「おののきつつ」ではありますが、仕えることの特権を思うとき、それを「喜ぶ」ことが当然なのです。
塵や灰にも等しいものが、創造主の御前にあって仕えることができるというのは、正に特権なのです。それが理解できれば、仕えることの喜びが自然に心に湧いてきます。