・ 今回は、ジャマイカでの日本人宣教師としての活動の様子がわかる画像を選んでみました。
No.17:「教会学校の分級は、教会堂の外の木陰で」
No.20:「年会の時には按手式がもたれました」
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・ ジャマイカの教会の特徴の一つは、教会学校の働きが盛んなことでしょうか。ベテラン宣教師・ミス・カーターのはたらきの結実として、多くの教会で夏のVBSが開かれます。
No.18:「着任当初の学長、ブレントリンガー師ご夫妻と、来訪した娘さん」
・ 1969年3月のIGM年会で、ジャマイカへの任命を受けました。第2子のヨナタンが生れたばかりで飛行機にはまだ乗れません。それでフィリップは住まいの準備のこともあって単身赴任となりました。最初の1ヶ月間は、学長のブレントリンガー師宅でお食事の世話をしていただきました。その後はウエスレアン宣教団が用意した小さな借家に住まって、家族が来るまでの約3ヶ月間、自炊生活をしました。

No.19:「一月は、聖会の時期!」
・ ジャマイカ西教区では、毎年、年頭に年次会議(年会)が持たれ、ジャマイカ西部の各地から、聖書学校(今は大学)の構内にある教会に教役者が集まってきました。当時は1500人規模のの大きな集会だったでしょうか

・ ジャマイカの教会は、かっての英国国教会が一番大きく、ガバナー・ジェネラル(英国女王の代理としての総督)もキングストンの聖公会(クリック)に出席するなど、社会的な影響力が大でした。
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